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No.85 半透明体

我々の意識の奥の方に、本当のものがあるのにもかかわらず、それが出てくるのを妨害しているものがあるのです。その妨害意識というものはどういう意識かというと、自分たちが恐怖症にかかっているというような、私たちの中に潜在している意識なのです。

例えば、知的恐怖症ですね。まぁ、いわば知的恐怖症にかかっているから、いろいろな知識を吸収しなければならないと思って、いろいろな知識を吸収していくのです。知識を吸収する必要があれば、知識を吸収すればいいのです。 けれども、そのように知識を吸収することと、恐怖症にかかって吸収するということの二種類があるわけです。もうひとつお菓子を食べる必要があればお菓子を食べればいい。しかし、お菓子を食べないと死んでしまうというような恐怖心があって、お菓子を食べるんだったら、おかしいわけです。

そういう風に、我々の頭の中には知的恐怖症というホコリがいっぱいあって、それがものすごいお城をこしらえているのです。そしてそれが自分の日常生活の一切を牛耳っている。こういうわけもわからない怪物が自分たちの中にいっぱいあるのです。 そしてそれが、本物の宇宙的な意識を曇らせているわけです。そういう恐怖症によって、いろいろなものを吸収していくとか、いろいろなものを持つとかいうように、自分というものを保持しよう、形を整えよう、あるいは死を恐れるというようになるわけです。 そういうものを分解すると、本当の自分の奥の意識が軽々と自分の行くべきところへいく。これが本当の自分の姿、意識の姿であるわけです。

K「虚位の意識をとりはずすことなんでしょう。そうすると本当のものの意識になるわけですね。」

先生「そうです。まぁ、名誉心もね、名前などというものも、やはり自分というものの身を飾ろうという動きだったわけです。」

K「そういう妨害物を、どうしたら分解できるのですか。」

先生「それにはまず最初に、そういうものがあるということを認識することです。そしてその次に、その妨害物をとったら本物が現れるということを認識するのです。このように、強く認識するということが肝心です。」

K「わかったら、認識したら消えてしまうわけですか。」

先生「認識したら、もう、敵を知ったのといっしょでしょう。今までは知っていなかったのだから、そういうものが横行していたわけですね。のさばっていたわけです。それを知ったということは、それがもうのさばっていられなくなるわけです。認識したそれだけで段々薄らぐわけです。 知っただけで薄らぐ。―――そして、本当のものが解放されるわけです。軽くなって本当のもの、もともとの所へ星を通じていけるわけです。ピュアーにね。そのように認識したということは、もう警告を発したということです。そうすると、妄想の力が弱まりますね。分かりましたか。

そして次に残るのがこの弱まった意識です。弱まった意識をいくら追っ払おうとしてもだめなのです。いくら消そうと思っても消えるものではありません。なぜなら、あらゆる妄想はマーヤ(幻)であって、それらすべては、もとからきたもののところに帰さなければなりません。 例えばネズミを、出口を開けないでいくら追い回してもだめなように、妄想はもときた宇宙の一点に帰さなければならないのです。結局、悪魔が住んでいて、忍術を使って隠れていたのだけれど、それを見破られてしまったから、もとのところへ帰るように帰るのです。それは帰らねばならないのだと認識することにもなります。 悪が悪を認識すると同時に、帰ることも認識できるわけです。だから、本当の意識も妄想も、ここへやって来たからには、すべて骨も皮も毛もね、もう足の裏までも全部、もとへ帰らなければいけないわけです。それが今までの修養では、帰ることの道順がはっきりしていなかったのです。」

K「じゃぁ、その妄想なんかも、みな、宇宙へ帰すわけですね。」

先生「そう、そう、全部帰す。全部正しいものとして、全部ピュアーというものになって帰ってしまうわけです。」

K「妄想ももとは、出たところはピュアーからだからですか。」

先生「そう、そう、宇宙の根源、ピュアーから出たからです。自分たちの中にある一切のものが全部、自分たちでこしらえているといいながらも、宇宙の、本当のピュアーの一点から出たことになるのです。やっぱり、宇宙の一番はじめの、大もとでないとね、行き場がない。だから、帰る方法も道順も教えてやらないと帰りようがない。 まぁ、どこかへ散ってしまうというわけにもいきません。だから、帰るところに帰る方法というのを知ったわけです。おまえたちそんなところでウロウロして、悪いことしていてはだめではないか、こう言われたとき、同時に帰るべきところへ帰る、帰る穴もあけないで追い回しても逃げられません。よけいに暴れますね。 そういうことで、肉体が持っている潜在的な解体を恐れる意識と、頭の中にある知的恐怖とが、悪いことをするのをやめてもとのところへ帰る。結局、即身成仏なんですね。そうすると簡単にいって、欲望とかいうものが消えていく。

この肉体にしてもこんなにはっきり見えるということは、欲望がこの肉体を見させているのです。 その欲望というのが消えたら、自分の手のひらを見てもはっきり見えない。まぁ、肉体があるのだから見えないことはないですけれども、はっきり見えない。欲望があると、もっと、もっとはっきり見える。宝石が石よりも自分たちの眼にはっきり見えるように―――石と宝石を置いたら、宝石の方がはっきり見えるでしょう。 それは欲望があるから宝石をはっきり見ようという意識が動く。だから、宝石がはっきり見える。そのように、肉体のもつ意欲そのものがはっきりしているから、よけいに肉体そのものが固形化して、固まった肉体というものを意識するのです。

このように、分解されることを恐れる知的意欲と肉体意欲の二つを切ってしまうと、半透明体に変わってしまう。半透明体から、もっと、透明体に変わるかもしれない。すなわち、聖賢のいったように「あぁ、自分は何者でもなかった。自分はこんな肉体でもなかったし、知識というものでもなかった。 自分はもっと、もっとピュアーというものであった。ピュアーの固まりである。ピュアーそのものである。」ということがわかるわけです。だから、肉体の持っている恐怖症、知的意識がもっている恐怖症と、そういうものがいろいろな禍を起こすのですね。

一切がブワーッと星を通じて、光速で、宇宙の彼方へ帰るのです。 そうしたら軽々と軽くなってくるのです。だから、こんな意識は分解してしまってもいいと、そこまで思わないといけないのです。それを解体されるのを恐れるでしょう。意識が解体してしまったらどうなるのか。その恐怖心があるでしょう。アホみたいになるのじゃないだろうとか。まぁ、それが恐怖なんです。それを徹底的に追い出す。 宇宙へ帰す。帰すのも自分の体を揺さぶりながら帰すのです。体を揺さぶると固まった意識、すなわち、直線的意識がやわらかくなってとけやすくなるのです。意識が波動化してきて、それにスピードをかけて宇宙に帰す。人間はアホみたいになることを一番恐れますね。 人間があらゆる直線的緊張から解放されると、ポカッと口をあいたような人間になってきます。けれど、そこから人間は半透明化してくるのです。

自分たちは今、違う意識で生活しているわけです。本当の意識が、まだ自分たちに現れていない。自分たちのもっている意識というのは、全部嘘っぱちの意識です。アホみたいになってもかまわない。 嘘っぱちの意識を足で蹴とばしてしまう。本当のものはどんなものか、知的には分からない。けれど、たとえアホみたいになってもかまわない、とそう思わないといけない。そこまで自分を追いつめて、すべてを宇宙の根源に帰す。あざやかにスピードをかけて帰すのです。自分たちがこの世の苦から救われるためには、スピードが必要なのです。 光速をもったスピードが。そのスピードを背骨のA点にひっかけるのです。人間の意識は宇宙化してきます。そういう宇宙化した意識人間にならなければなりません。このようにして透明な人間になるのです。




■■ 神話の中に生きる自己 ―――鼻をかんで 放ってしまえ――― ■■

消えたところからでないと
何もおきない
自己が消えたところからでないと
何も真実なものが
おきてこない

本当の音楽も 生まれてこない
本当の声も 出てこない
本当の歌声も 生まれてこない

自己が破れて
相対事物と とけ合うのは
その時である
そこでは 声をうしなう
ただぼうぜんと それ等はある

そこには 三次元も
四次元もない
ただ 一つなるものが
あるだけである

ただ ぼう然と
ただ ぼう然と
それ等はある

自己を鼻紙で 鼻をかむように
鼻をかんで放ってしまえ
神話がそこに あらわれてくる
それこそ 真実な世界だ

未来の科学技術の発達してくる
世界を のりこえようと思えば
より人間は 消えていなければ
ならない

そうでないと
人類は 破滅あるのみだ
早く本当の人間に かえれ

神話の自分に 早く目覚めよ
さもないと 感情のうずの中で
一生をおえてしまう
そこから 抜け出せ
早く 早く

本筋と 関連学とを
みきわめよ
関連学は 人間の足をひっぱり
知的あらそいと
感情的あらそいの中に
人を引きこんでしまう

本筋の世界は 一つしかない
それは「神話」の世界だ
自己を 神話の中から
ずらしてはならない


1984.04.27