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No.166 透明な角度

蜜蜂の話をします。蜜蜂というのは自分の欲を持たずに、集団のために朝から晩までよく働きます。蜜を求めて遠くへ飛んでいきますが、我々が見ていても、その飛んでいった先が10メートルと追えない程速く飛びます。 そして蜜蜂というのは角度に従って、間違えずに巣に帰ってきます。蜜蜂は巣箱を30センチ以上ずらすと、もう自分の巣に帰ってこれないのです。不思議なものですね。その角度だけが正確に身についていて、何でも角度で飛んでいるわけです。

我々一般人はお金お金お金が身についているのです。お金が自分たちのDNAの中に染みついて、どこへ行こうと、上へ飛ぼうと下へ飛ぼうとお金ですね。東京へ飛ぼうと九州へ飛ぼうと、もうお金お金、お金お金で飛んでいくわけです。 飛んでいく角度とというのにお金がついているのです。お金角度です。透明どころじゃない。お金角度で飛ぶ。お金お金お金と、札がついて飛ぶようなものですね。お金角度と「透明な角度」とだいぶ違います。 蜜蜂というのはお金角度と違って、透明な角度だと私は言っているのです。

自分のために働くのではなしに、集団のために働いている心というのは、本当に透明度があります。個人のために自分のためにだけ走り回っていると、欲の角度が自分たちのDNAの中にびっしりがっちりはまってしまって、そういう性格が築き上がってしまいます。 DNAというのは遺伝子ですね。良いものを自分たちの遺伝子としてたくわえる必要があります。DNAというものを、自分たちの日常生活の中において重要視しないと、高い意識状態の人間になれないわけです。低いところでうろついていたら、いつまでたっても、お金お金で終わってしまいます。

蜜蜂は角度をよく知っています。それでビューッとスピードをもって飛びます。蜜蜂には角度もありますけれども、スピードというものがあります。スピードと角度とどんな関係があるのでしょうね。我々の話はそういう所まで入るのです。ただの角度と違うのです。ひょっとしたらスピードと角度は引っつく点があるかもしれません。 普通の幾何学的な学問では、スピードはスピードですし、角度は角度で、スピードと角度は違います。ところが我々の言っている角度というものは、そんなものと違って、角度といったらスピードかもしれません。スピードが角度だと言ったら、どうしてスピードが角度なんだと思いますね。違う次元の角度を、今言っているということが分かりますね。

スピードと角度と、どう引っつくのでしょうね。スピードは角度である。角度はスピードである。どういうことでしょうね。こうして話している間に最後にはそれが明瞭になって、皆さんに分かるようになるかもしれません。

それでそのスピードと角度は横に置いておいて、「透明な角度」がどこで引っついているか、ということを掘り下げていこうと思います。透明なる角度という秘密の世界に、蜜蜂を通して入っていくことにしましょう。

蜜蜂というものは、自分というものを持たないで集団のためにだけ働くという性格があります。蜜蜂のDNAがそういう性格を持っています。蜜蜂はそういうふうに、自分というものを持たないで飛んでいくという遺伝子を持っています。それと角度にそって正確に飛んで、正確に帰ってくるという遺伝子を持っています。角度が彼らのいのちです。 集団のために働くということも彼らのいのちですし、角度を正確に飛ぶということも彼らのいのちであるでしょう。またスピードを持って速く飛ぶということも彼らのいのちかもしれません。そのようなDNA(遺伝子)を蜜蜂は持っていると思うのです。

クモという生物も面白いですね。クモは糸をスーッと出してクックッとその糸と糸の間をつないでいって、細かい幾何学的構図のきれいな巣を造ります。クモは生まれながらにしてちゃんと、ああいう構図を知っているのですね。それはクモの中に入っている遺伝子の投影図のようなものです。

蜜蜂も六角形の巣をこしらえます。誰が教えるのか。親が教えるのか、或いは自分の遺伝子がそうさせるのか。六角形の巣をスーッと積んでいきます。面白いですね。ああいう細かい作業をやるわけです。蜜蜂はそういうものを持っています。六角形の角度を知っているのです。 これは物理的に言う角度ですが、しかしその六角形を造る、その六角形の中に彼らの持っている遺伝子の性格、即ち、スピードと集団のために働くということと角度を飛ぶというそういう性格が、全部織り込まれているわけです。自分たちが平面幾何学でコンパスを使って書く六角形と違って、彼らが造った六角形の中にはちゃんと性格が含まれています。 そこが違うということを分かってほしいですね。これは第一段階。ただの六角形と違う、心が入っているというのか、遺伝子の持っている信号が六角形の中にあるわけです。同じ六角形でも生きた六角形というか、遺伝子が持っている魂というのか、生命というのですか、生きたものがその六角形の中に入っているのです。 そのようにただの六角形でなくて、心的と言っていいのか、バイブレーション的と言っていいのか、形而上学的なものが蜜蜂の造る六角形の中にあります。

そして飛びますね。ビューと飛ぶ速さ。何でも早く飛んだら透明度があります。人間でも、あの仕事をしなさいと言っても、グダグダと言いながら、ノタノタいやいやしていたら透明度がないですね。人間の中に、透明度と違う汚れを感じる場合があります。行為の中に透明度のある行為と、透明度のない行為というものがあります。透明というものは行為の中に現れますね。 だから行為の中に運動の中に透明というものが入ってくるわけです。その人の意識的なバイブレーションが、透明度を創ったり、いやらしいバイブレーションを創ったりすることがあるわけです。

お仕事でも、いやいやしているとスピードが遅いですね。スピードが速いということは逆に、いやいやしていないということになります。これは簡単な言葉の言い回しですが、のろく遅くやっているということは、その奥にいやいやしているものがあるわけです。いやいやしているものそれは透明ではないですね。透明であるということはスピードがあってシャンシャンと手際よくやっている。 そこに透明度があります。透明というのはそういう所にあるわけです。透明というのはスピードと関係がありましたね。

いやいややっているようなバイブレーションとは、何か濁ったような波ですね。スピードがあって自分の欲を持っていない。自分のために働くというような欲を持っていないとすると、透明度とスピードと角度がそこに1つに集まってきます。バイブレーションというのは角度を持っています。バイブレーションというものが説明の中に入ってきますと、だいぶ意味がはっきりしますね。 バイブレーションというのは波でしょう。角度です。まっすぐと違うから角度がある。揺れがありますね。結局それには角度がある。角度とスピードと透明度。そういうものが全部そこに現れてきます。だから「透明なる角度」というものはそんなものです。「透明なる角度」というのは、そのバイブレーションを言っているわけです。

そのバイブレーションが速ければ速い程、透明度がある。そしてその角度そのものにも透明度があるということです。これでだいぶ、総合的に分かってきましたね。バイブレーションというものが説明の中に入ってくると、角度が分かってきます。そうすると角度がスピードかもしれないし、スピードが角度かもしれません。だんだん透明というものと、角度というものと、スピードというものが一対になってきますね。 透明とスピードと角度という、この3つが切っても切れない存在になります。分かりますね。だいぶはっきりしてきました。スピードと透明と角度、これが切っても切れない仲間です。だから自分たちの意識神経の中に、スピードと角度と透明というものが必要なのです。結局、バイブレーションですね。透明な角度を持つということは、スピードのあるバイブレーションを持てということです。 透明なスピードのあるバイブレーションを持て。自分のために働くのでなしに、自分をなくした働きの中に、自分の全身全霊を打ち込まないといけないわけです。